ごとくをみがく

パート2

散文的に生きる

  

めっきり陽が傾くのが早くなってきましたね。

フリースタイルダンジョンからネットライム、MCバトルDVDや音源を旅するお決まりのハマり方してるんですが(幸運なことにヒップホッパーが近くにいたので借りたり、オススメしてもらったり)日本語ヒップホップ文化の、もっと言っちゃえばいいMCバトルの文化の中の言葉ってあるよねぇ。『即興』と『参照』の文化って感じがする。

そのいろいろ教えてくれるヒップホッパーは歴史が嫌い、って言うけど、他の人よりも生まれ年にこだわる。わたしだったら1983年生まれなので83年式とか言ったりする、同年代には『あいうえおキング』晋平太。そういうのの積み重ねが歴史だよー。

しかし、あの決まった長さの中で如何に相手より自分が良いかアピールするか?

即興だから、「突くぜ核心」って言ったあとに突いてなくても、観客が興奮するような韻を踏んだり、気持ち良いビートアプローチが出来ていたらそっちが勝つなんてざらにあることで、奥が深い、軽い言葉になっちゃったけど。

 

詩歌ではよく批判の対象になるのが「散文的である」ってこと。

「散文」これも詩歌文化の中の言葉で、とりとめのない、順接ばかりの地の文、飛躍的でない、まあいろんなニュアンスが込められている使いやすい言葉ですよね。

でも使いやすすぎるから、定義から考え直したい言葉でもあります。

私は昔から抒情や散文が好きだし、惹かれるのはそういうものなので、たぶんこれからもそうやって生きてくんだろうなって思いました。(報告)

文学極道のオールタイムベストは黒沢さんの『プラタナス

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